肝臓はビタミンや消化酵素、タンパク質の生成、アンモニアなどの有害物質の解毒、脂質の合成・分解、糖質の貯蔵、免疫機能の維持など様々な機能を果たす生命維持には欠かせない臓器です。
その仕事は主に4つに分けられます。
① 代謝:胃腸で消化・吸収された食物の栄養分を肝臓の中で適した形に作り替え、ほかの臓器に供給します。
② 解毒:薬物やアンモニアなど体に有害な物質を分解して解毒する役割を担っています。
③ 胆汁の生成・分泌:コレステロールと胆汁酸から胆汁を作ります。胆汁には脂肪の消化・吸収を助けたり、老廃物を流す役割があります。
④ エネルギーの貯蔵:脳の活動に不可欠なエネルギー源であるブドウ糖を貯蔵します。
肝臓の大きな特徴の一つは、再生能力が非常に高い、ということです。ある程度の障害を受けても再生することが可能で、ヒトの肝臓移植などのように肝臓の50%を切り取られても、肝機能が正常であれば半年~1年で再生すると言われています。
このように様々な機能を果たしながら体を正常な状態に保つために休みなく働く肝臓ですが、いろいろな原因で不調をきたすことがあります。
肝臓病の際に認められる症状は以下のようなものです。
・元気・食欲の低下
・嘔吐や下痢
・体重減少・発育不良
・腹部膨満(腹水・肝臓腫大による)
・多飲多尿
・黄疸
・出血傾向
・神経症状:行動の変化、旋回運動、運動失調、流涎、振戦、発作、昏睡
これを見ると、黄疸以外はほかの病気でもよく見られる症状であることがわかります。
何となく元気がないけど、年のせいかな?と見逃されてしまうこともしばしばで、症状だけから肝臓病を疑うことはあまり多くなく、健康診断などで偶発的に見つかることが多い病気です。血液検査をしてみたら肝酵素が高く、レントゲン検査、超音波検査などを合わせて行うことで初めて病気が明らかになることも多いのが実際です。
一般的には触診、血液検査、レントゲン検査、超音波検査などを行います。
血液検査の項目の中で肝酵素と呼ばれるものは、AST・ALT・ALP・GGTといった項目です。これらは肝臓の細胞内に存在する酵素、あるいは肝臓内で生成される酵素です。
基準値を大きく超えるようなときには肝臓の障害も疑いますが、他にも胃腸や膵臓の病気、感染症、ホルモン疾患(副腎や甲状腺の病気)、心臓病などでも上昇しやすい酵素なので、基準値を上回ったからといって直ちに肝臓の病気という判断はできません。
これに合わせて、アルブミン、ブドウ糖、アンモニア、ビリルビンなどといった、肝臓の機能に関わる項目にも異常がある場合や、貧血、止血異常がある場合は、重度の肝障害の可能性が高くなります。
他の検査としては、動物の白目や歯茎の色を見て、黄疸が出ていないかどうか、おなかの触診やレントゲン検査で肝臓が腫れていないか、腹水がたまっていないか、肝臓の大きさや形を評価したり、超音波検査で肝臓の中の構造をチェックしたりします。
腹水がたまっている場合には腹水を少し採取してその成分や中の細胞の検査をしたり、肝臓にしこりができている場合にはそこに針を刺して細胞の検査をする、ということが必要になります。
重度の肝障害の場合は、血が止まりにくい状態になっている場合もあるため、血液凝固系検査という検査でそれらの検査や手術が安全に行えるかどうかを事前に評価することも必要です。
これらの検査を通して、肝臓自体に問題があるのか、あるいはほかの病気が原因で肝酵素が上がっているのかをふるいに分けていきます。
肝臓に問題が起こる病気にはつぎのようなものがあります。
肝炎(急性・慢性)
肝リピドーシス
肝硬変
小肝症(門脈シャント、門脈低形成)
肝臓の結節性過形成
肝臓の腫瘍(悪性・良性)
今回はこの中から、肝炎、肝リピドーシスについて説明したいと思います。
急性肝炎は、何らかの原因によって肝臓の細胞が損傷され、炎症を起こした状態です。
犬猫の急性肝炎の原因は主に感染によっておこるものと中毒によっておこるものが一般的です。
感染性のもの
・ウイルス感染(犬伝染性肝炎、猫伝染性腹膜炎、犬の新生児ヘルペスウイルス感染など)
・細菌感染(敗血症性細菌感染、犬のレプトスピラ感染症など)
・原虫感染(犬猫のトキソプラズマ症、犬のバベシア感染など)
中毒性のもの
・化学薬品(農薬、化学肥料、洗剤、除草剤など)
・自然毒(毒キノコ、カビ毒など)
・医薬品(アセトアミノフェン、抗てんかん剤、抗真菌剤、ステロイド、駆虫薬など)
急性肝炎はあまり症状を示さない軽度なものから、中には肝機能不全を起こし最悪では死に至るものまで様々です。
治療はその原因を除去することと、支持療法です。
肝障害が軽度であって、原因が除去されている場合は肝保護剤や点滴などで速やかに改善します。
肝障害が重度で、肝機能不全を起こした場合には、肝酵素の上昇だけでなく貧血や低血糖、出血傾向、消化管障害、ショック状態など、様々な重篤な状態に陥ることがあります。
それらに一つ一つ対応するために、入院下でこまめに血液検査を行いながら、点滴の量や内容を調整したり、二次感染予防のために抗生剤を投与したり、栄養剤の点滴や場合によっては輸血なども行われます。
また、原因に対して解毒剤がある場合にはそれらを投与し、積極的に肝保護剤を使用して肝臓の再生が起こるまで集中治療を行います。
症状が軽度で速やかに回復するような場合には完治が期待できますが、一度肝機能不全にまで陥ったような症例では回復後も慢性肝炎に移行することがあり、生涯支持療法が必要になります。
慢性肝炎は肝臓に持続的に炎症が起こり、肝臓の細胞の壊死と再生が繰り返されることで肝臓に繊維化が起こった状態です。重症化すると肝硬変に移行します。
慢性肝炎は、免疫の異常や感染症、薬物などによる急性肝炎の延長として起こることがあります。
一部の犬種(ドーベルマン、ベドリントンテリア、コッカースパニエル、ラブラドールレトリバー、スタンダードプードル、ウェストハイランドホワイトテリアなど)では、肝臓の中で代謝される銅の排泄に必要なタンパクの遺伝的欠損によって、肝臓に銅が溜まってしまうことで起こることもあります。
一方、中には原因が特定できない特発性の慢性肝炎も多くあります。
症状は初期には無症状のことが多く、健康診断で偶発的に肝酵素の上昇が認められ、精密検査の結果診断されることが多い病気です。
進行すると腹水がたまったり、黄疸がみられたり、肝臓で解毒されるはずのアンモニアが代謝されずに高濃度になって神経症状を示すようになります(肝性脳症)。
肝硬変に進行してしまった場合、予後はあまり良くありません。
診断には血液検査のほかにレントゲン検査や超音波検査を行います。特に進行した慢性肝炎では肝臓の表面が凸凹になるという特徴があり、確定診断のためには肝臓の組織を一部採取して検査する肝生検が必要になります。
治療は、肝臓でおこっている慢性的な炎症を抑える治療を行います。
そのためには原因を明らかにする必要があり、銅の蓄積が原因の場合には銅をキレートする亜鉛を強化した食事を与えたり、薬剤が原因の場合には薬剤の投与を中止することが必要です。
しかし、原因不明の慢性肝炎が多いのが実際で、治療は肝臓の炎症を抑えるためにステロイドや免疫抑制剤などの投与を行いながら、食事療法、腹水に対する対応(利尿剤投与や場合によっては腹水抜去)、肝保護剤の投与などを行います。
肝性脳症を起こした場合、血液中のアンモニアの濃度が高くなっているので、アンモニアの濃度を下げる治療も行います。
肝リピドーシスとは、肝臓の細胞の中に脂質成分が重度に蓄積して、肝臓の中に胆汁がうっ滞し、肝機能障害が起こる状態です。主に猫でみられる病気です。
肝リピドーシスは飢餓状態が続くことで起こります。
他の病気による体調不良から、あるいは環境の変化などの要因があって、数日間食事が摂れない状態が続くと、肝臓の中で貯蔵されている脂肪からエネルギーを作ろうとし、その結果、肝臓で処理しきれないほどの脂肪酸が作られることで起こるといわれています。
症状は食欲不振と体重減少、嘔吐、時には黄疸や肝性脳症が認められることもあります。
血液検査では肝酵素の上昇が認められ、超音波検査で腫瘍や胆管などに異常がないことを確認し、最終的には針を刺して肝臓の細胞を少量採取することで診断されます。
治療は食欲不振の原因となった基礎疾患(炎症性腸疾患、膵炎、胆管炎など)があれば、その治療と合わせて行われます。
肝リピドーシスに対する治療は特別な薬剤の投与などではなく、とにかく『栄養を補給する』ことです。外からの栄養補給がなくなったために起こる病気なので、まずは栄養補給をして肝臓の代謝を正常に戻してあげることが重要です。
しかし、それは簡単なことではありません。
治療の初期にはかえって吐き気が強くなったり、体の中の電解質のバランスが大きく変化することによって中には亡くなってしまうこともあり、非常に注意が必要な状態です。
初期は入院下で静脈点滴を行い、吐き気止めを使用しながら、鼻から細いカテーテルを入れて液状の栄養剤を少量ずつ補給します。それを少しずつ増量しながら、最終的に自分で食事がとれるようになるまで治療していきます。
初期の危険な状態を乗り越えて少しずつ栄養剤の摂取量が増えてきたら、鼻からのチューブではなく、食道や胃にもう少し太いチューブを設置して、より積極的に栄養補給を行っていきます。これらのチューブは麻酔をかけないと設置できないため、状態がある程度安定してから行われます。
吐き気がコントロールできるようになり、静脈点滴が必要なくなったら、退院して自宅でも治療できるようになります。
最終的に自分で食事がとれるようになったらチューブを抜いて治療は終了です。
今回ご紹介した病気の中には、飼い主さんが気を付けることで予防できるものもあります。
例えば、急性肝炎の原因である犬伝染性肝炎やレプトスピラ症はワクチン接種で予防できる病気です。
また、医薬品による肝炎は、ペット自身に処方された薬が体に合わずに起こることもあれば、人用の風邪薬の誤飲などによっておこる場合もあります。新しい薬を処方されたときには、定期検診で血液検査などを受け、副作用のチェックを欠かさないようにしましょう。
人用の薬や農薬などの劇毒物は、ペットが誤って口にすることがないように管理を徹底しましょう。
猫伝染性腹膜炎は、多頭飼育の環境下に一度入ると感染が蔓延します。新しい猫ちゃんを迎える場合には、そのような病気のリスクがないかどうかを事前に検査してもらうようにしましょう。
肝臓の健康維持には、実は食事管理が非常に重要です。
例えばペットフードについてですが、大きな袋で購入した方がお得だからといって、小型犬のフードを5kgや10kgの袋で購入し、3か月も4か月も食べさせている、なんてことはありませんか?
実はそれはあまりいいことではありません。
開封したドライフードは日に日に酸化が進んでいくので、ドライフードであれば開封後1か月、缶詰は開封後冷蔵庫保存で3日間で食べきってしまった方がいいといわれています。酸化した食事を長期間与えているだけで、肝臓の酵素が上がってしまう場合があります。
少し割高でも、ペットの健康のためには小分けの袋に入った適度なサイズのものを選んであげる必要があります。
肝臓は体に入ってくる食べ物からの栄養や薬などを分解して処理する臓器です。
健康な肝臓を維持するためにも、また病気になった肝臓の回復のためにも、肝臓に負担をかけないような新鮮でバランスの良い食事を心がけましょう。
脂肪分の多いオヤツの与えすぎもNGです。
サプリメントの中には肝機能を助ける効果のあるものがたくさんあります。
代表的なものにはプラセンタやアガリクス、動物が消化吸収しにくい野菜を粉末状にしたサプリメント、βグルカンや腸内環境を整えるプロバイオティクスを配合したもの、天然由来のハーブから作られたものなど、肝臓の保護だけでなく皮膚病などのほかの病気にも効果のあるものがいろいろ販売されています。
中には動物病院で治療の一環として使用されているものもありますので、負担のない範囲で取り入れてみてもいいかもしれません。
肝臓の病気は初期にはあまり症状がないことが一般的です。すべてがわかるわけではありませんが、フィラリアの予防時期やワクチン接種時には健康診断として血液検査を受けることをお勧めします。