猫の低血糖症とは
血糖値の低下に伴い様々な症状が現れる状態です。
低血糖とは血糖値の低下に伴い意識障害や神経症状を示す病態のことを言い、治療を行わなければ命の危険があるため、緊急治療が必要な状態です。
脳はエネルギー源として糖を利用しており、体内で消費される糖の25%は脳で活動するエネルギー源として利用されています。
低血糖を起こすと数分のうちに脳細胞に障害が始まり、脳の浮腫を起こすと重大な障害が起こってしまいます。
血糖値が60mg/dL以下となった状態を低血糖といいますが、症状が現れる血糖値はもともとの血糖値からどのように推移したかによって異なります。
多くの場合は血糖値が40~50mg/dL以下となった際に症状が現れます。
子猫では長時間空腹状態にあると低血糖を起こしてしまうことがありますが、成猫では子猫ほど飢餓による低血糖は起こりません。
しかし、何らかの病気が原因で低血糖を起こすことがあるため、成猫で低血糖が見られた場合にはより精密な検査を行う必要があります。
猫の低血糖症の症状とは
重大な神経症状が現れることがあります。
糖は脳の唯一のエネルギー源です。
そのため、低血糖に陥ると脳の正常な働きが障害されることによって以下のような神経症状を示すことがあります。
・涎を垂らす
・行動の異常
・意識が朦朧とする
・虚弱
・運動失調
・体の震え
・痙攣
・ショック状態 など
また、このような明らかな異常ではなく、食欲不振や嘔吐、下痢などといった、他の疾患でもよく見られるような非特異的な症状がみられる場合もあります。
これらの症状が現れる血糖値には個体差があり、60mg/dLを下回ってすぐ発症するケースもあれば、40mg/dL以下となっても軽度の症状しか見られない場合もあります。
その差には通常の血糖値との落差や低下の速度が関与していると考えられ、糖尿病の治療を行っているような比較的高血糖の状態が多い猫では低血糖を起こした時の症状が出やすく、普段から低血糖の状態に近い猫では症状が現れにくいため注意が必要です。
低血糖状態が長く続くと脳に重大なダメージが起こり、昏睡状態に陥ったまま命に関わることもあるため、迅速な対応が必要です。
猫の低血糖症の原因とは
食事が摂れない状態が長く続くと起こります。
血糖値は食事の影響によって多少上下しますが、健康であれば空腹時であってもある程度のレベルに保たれており、すぐに低血糖にはなりません。
それは、食事で摂取した糖をはじめとする栄養分は、肝臓を主とする全身の細胞に取り込まれて蓄えられており、必要な時にそこから供給する体のシステムが働いているためです。
しかし、体が小さく体の機構が未成熟な仔猫や、成猫であっても非常に長期間の飢餓状態が続くと、これらの働きで血糖値を維持することができなくなり、低血糖を起こしてしまうことがあります。
病気が原因で起こります。
病気の一症状として低血糖がみられる場合があります。
以下のような様々な疾患が低血糖の原因になります。
・副腎皮質機能低下症(アジソン病)
・インスリノーマ(膵臓の悪性腫瘍)
・肝臓の疾患(感染性肝炎、肝腫瘍、肝リピドーシス、グリコーゲン貯蔵病)
・門脈体循環シャント
・中毒(エタノール中毒など)
・腫瘍性疾患(肝細胞癌、平滑筋腫、平滑筋肉腫、肺腺癌、乳腺癌、唾液腺癌、リンパ腫、口腔内メラノーマ、血管肉腫など)
・敗血症
体の血糖値の維持には、様々な臓器の働きやホルモンが関与しています。
その中心的な役割を担っているのが肝臓・膵臓で、肝臓の機能に異常をきたすような疾患や、血糖値の調整に関わるホルモンの分泌に異常が生じた際に血糖値の恒常性が保たれなくなり、低血糖が起こってしまいます。
腫瘍性疾患では、インスリンやインスリンに類似したホルモンを分泌するタイプの腫瘍があり、血糖値の維持に関係ないような臓器や器官の腫瘍であるにもかかわらず低血糖を起こしてしまうことがあります。
これらの疾患を鑑別するためには、全身的な精密検査を行う必要があります。
インスリン治療によっておこることもあります。
糖尿病の治療を行っている猫では、血糖値を正常範囲に維持・管理するために、インスリンを注射する治療を行います。
インスリンは糖を体の細胞に吸収させて血糖値を下げる効果のあるホルモンで、通常は食事の摂取などに伴い膵臓から生理的に分泌されるものですが、糖尿病ではその分泌がうまくいかないあるいは分泌されても効果が十分に発揮されないことによって高血糖になってしまいます。
そのため、注射でインスリンを投与することで糖を体の細胞に取り込ませ、血糖値が上がりすぎないようにするとともに糖を体で利用できるようにする治療を行います。
このインスリンの注射が原因で血糖値が下がりすぎてしまうことがあります。
インスリンの投与量はかかりつけの病院で定期的に血液検査を行いながら微調整を行っていきますが、食事量や体の状態によってはインスリンの必要量が変化することがあり、過剰投与となってしまうと低血糖が起こります。
また、誤って多い量のインスリンを投与してしまう、注射を打ったことを忘れてもう一度投与してしまうなどといった人為的なミスによっても起こることがあります。
猫の低血糖症の好発品種について
好発する品種はありません。
仔猫では品種に関係なく飢餓状態が続くと低血糖を起こしやすく、また成猫で低血糖を起こす可能性のある疾患にも特に品種による好発傾向はありません。
猫の低血糖症の予防方法について
仔猫の食事管理には気を付けましょう。
仔猫は体が未熟なため、一度にたくさんの食事をとり栄養を蓄えることができません。
そのため、生まれて間もない時期には3時間おきくらいの間隔で食事をとる(授乳する)ことが必要です。
特に生まれて間もない子猫が複数いる場合には、それぞれがちゃんと哺乳できているか、気を付けて見守る必要があります。
成長に伴い徐々に食事の間隔や食事量は変化していきますが、成長ステージに合った食事を、成猫より頻回給餌しなければならないことに留意しましょう。
また、子猫期には吐き気や下痢、風邪症状や口内炎などを起こす感染症にかかることも多く、それらによって食欲が低下して食事が摂れなくなることもあります。
そのような状態が続くことによる低血糖もよく起こるため、子猫が食事を自力で取れないほどの状態になっている場合には必ず病院を受診して治療を受けるとともに、強制的に少量ずつ食事をとらせ、低血糖にならないように気を付けましょう。
糖尿病の治療を正しく行いましょう。
糖尿病の治療中に起こる低血糖を予防するためには、定期的に病院を受診し、血液検査で血糖値がどのような状態で推移しているかをしっかりと把握しながら治療を行うことが必要です。
そのためには治療の記録をとるようにし、指示された期間で定期的に検診を受けるようにしましょう。
また、食べた食事量が少なかった場合にはインスリンの量をどうするかなど、かかりつけの病院とあらかじめしっかりと打ち合わせしておくことも重要です。
万が一、インスリンを多く打ってしまった場合(間違えて2回打ってしまったなど)や、インスリンを打った後に猫が食べた食事を嘔吐してしまった場合は、低血糖になる可能性が高いため、すぐに病院へ連絡を取りその対応について相談しましょう。
猫の低血糖症の治療方法について
ブドウ糖を投与します。
低血糖を起こしている時は緊急治療が必要です。
まずは低血糖状態を改善するためにブドウ糖を投与します。
経口的に投与が可能であればブドウ糖液を飲ませ、経口投与ができないような状態であれば静脈注射・点滴で投与します。
状況的に低血糖を起こした可能性が高く、自宅から病院まで時間がかかるような状況で、意識が混濁して経口投与が難しい場合は、口腔粘膜にコーンシロップやはちみつ、ブドウ糖液を塗布することでも多少の効果が期待できます。
一旦状態が良くなっても再び低血糖に陥る可能性がある場合には、点滴で低濃度のブドウ糖を持続的に投与し、状態が安定するまでは経過観察を行います。
原因疾患に対する治療を行います。
意識の喪失や痙攣などといった緊急事態を脱したら、全身的な検査を行い低血糖の原因を探ります。
仔猫の場合は感染症などによって十分に摂食できないことから低血糖を起こすことが多いため、原因となっている感染症などの治療を行うとともに、強制給餌など食事のサポートを行う必要があります。
成猫の場合は肝臓の疾患や腫瘍性疾患、全身性の感染症などに伴って起こる低血糖が多いため、それぞれに対する治療を適切に行う必要があります。
肝臓疾患では肝臓の炎症を抑え肝臓を保護する治療を行い、細菌感染に伴う敗血症では抗生物質を投与します。
ホルモン疾患(アジソン病)の場合には、ホルモンを補充する治療を行うことで低血糖は起こらなくなります。
腫瘍性疾患では根本的な腫瘍の治療のために外科手術や抗がん剤治療が必要になることもあります。
また根本的な治療が難しい場合の対症療法として、血糖値を上昇させる効果のあるステロイドやグルカゴンというホルモンを投与するケースもあります。
神経症状が続く場合には脳障害に対する治療を行います。
血糖値が正常に戻ってからも意識障害や運動失調、痙攣などを起こす場合には、低血糖時に生じた脳の障害が重度であると考えられます。
必要に応じて脳圧を下げる点滴を行ったり、痙攣発作を抑える治療として抗てんかん薬などを使用して治療します。