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執筆獣医師:齋藤厚子先生
[記事公開日]  [最終更新日]
[ 目次 ]

猫の肥大型心筋症とは

猫に最も多くみられる心臓病です。

肥大型心筋症は猫にみられる心臓病の中で最も多い病気です。
症状が出て検査を受けた結果、肥大型心筋症と診断される猫がほとんどですが、無症状で過ごす潜在的な肥大型心筋症の猫も割と多いとされています。

肥大型心筋症では、心臓の筋肉が分厚く肥厚し、内腔が狭くなることによってうまく全身に血液を送り出せなくなってしまいます。
血液がうっ滞することで元気がなくなり、肺水腫や胸水貯留をおこす他、不整脈や血栓症などを起こすこともあり、突然死や血栓塞栓症などから致死的な経過をたどることもある怖い病気です。

一度肥大型心筋症になってしまうと治すことはできませんが、適切に治療してあげることで呼吸の苦しさや症状の進行を抑制することができます。

猫の肥大型心筋症の症状とは

循環不全による活動性の低下と肺のうっ血による呼吸器症状が見られます。

肥大型心筋症になった時の主な症状は以下のようなものがあります。

・元気がない
・食欲不振
・走って遊ばなくなった(活動性の低下)
・疲れやすい
・興奮すると開口呼吸する
・呼吸が速い、苦しそう
・咳をする
・倒れる
・急に後ろ足が動かなくなる

心臓は拡張と収縮を繰り返して全身に血液を送り出していますが、肥大型心筋症になると心臓の中でも左心室という部分の筋肉が肥大して分厚くなり、拡張不全(心臓が伸びにくくなる)が起こります。
左心室は肺でガス交換が終わった酸素の多い血液を全身に送り出すポンプの役割をしていますが、その左心室が拡張しなくなると、血液を拍出するために一度に左心室内腔に溜め込む血液の量が少なくなってしまいます。
1回に拍出する血液の量が減るために、心拍数を増やして体に血液を送ろうとする結果、重度の頻脈が起こります。

安静にしていても頻脈なので、運動などで負荷がかかるとすぐに苦しくなり、開口呼吸したり座り込んだりするようになり、次第に運動を避けるようになるため、活動性がなくなったと感じることが多くなります。

進行するとうっ血性心不全症状へと発展します。

左心室が血液を送り出せなくなると、その手前にある左心房と肺では血液のうっ滞が起こります。
肺で血液のうっ滞が起こると、肺水腫や胸水の貯留が起こります。
肺水腫は、肺が水を吸ったスポンジのようにむくんでしまう状態で、ガス交換がうまくできなくなるために呼吸困難を示します。
また、胸水が貯留すると、限られた胸腔内で肺が膨らむスペースが狭くなってしまうため、やはり呼吸が苦しくなります。

動脈血栓塞栓症を起こすと致死的な経過をたどることが多くなります。

さらに重篤な症状として動脈血栓塞栓症があります。
左心房で血流がうっ滞すると、中に血栓ができてしまうことがあり、この血栓が左心房を離れ血管に流れて行ってしまうと、血管が分岐する部分で詰まってしまうことがあります。
これを動脈血栓塞栓症といいます。

よく見られるのは後ろ足の付け根あたりにある血管の分岐部分です。
血栓が詰まった足(片足あるいは両足)は血流が途絶えるために急に麻痺して動かなくなり、触ると冷たく、激痛を引き起こすため猫は興奮して暴れます。
血栓が詰まったままで時間が経過すると、やがてその足は壊死してしまい、猫の命も危険な状態になります。

猫の肥大型心筋症の原因とは

遺伝性の疾患です。

肥大型心筋症は、遺伝的に起こりやすいとされる品種があります。
これらの品種では、心筋線維に結合するタンパクの遺伝子に変異があることが報告されています。

遺伝子変異だけでなく、環境因子やウイルス感染、炎症、一酸化炭素などの関与も指摘されてはいますが、明らかに関連性が認められるものはまだありません。

猫の肥大型心筋症の好発品種について

以下の猫種で好発がみられます。

メインクーン、ラグドール、アメリカンショートヘアなどでは家族性に発症する遺伝性疾患であることが知られています。
また、ペルシャでも家族性の発生が報告されています。

その他にノルウェージャンフォレストキャットやスコティッシュフォールド、ブリティッシュショートヘアなどでも遺伝性の素因が関与している可能性があるとされています。

しかし、実際には雑種猫で最も多く認められます。

猫の肥大型心筋症の予防方法について

健康診断で早期発見に努めましょう。

効果的な予防方法は特にありません。
できるだけ早期に発見して、進行しないように抑制してあげることが重要です。

特に、兄弟猫や親猫に肥大型心筋症と診断された猫がいる場合には、将来的に肥大型心筋症を発症する可能性が高いので、定期的に心臓の超音波検査を受けることをお勧めします。

肥大型心筋症の猫の中には、無症状のままで治療も必要とせず天寿を全うする猫もいることがわかっています。
健康診断などで偶発的に発見されることがあるのですが、無症状であってもその状態を把握しておくことで、いざ発症した時に即座に対応でき、命の危険から猫を守ることにつながります。

猫の肥大型心筋症の治療方法について

基本的には内科治療を行います。

治療には数種類のお薬が使用されます。
よく使用されるお薬には以下のようなものがあります。

・ACE阻害薬:血圧上昇や心肥大に関わるアンジオテンシンⅡの生成を抑える
・β遮断薬:心拍数を抑える、不整脈を抑制する
・カルシウム受容体拮抗薬:心拍数を抑える、左心室拡張能を改善する、血管を拡張させる
・利尿剤:肺水腫、胸水貯留を抑える
・抗血小板薬:血栓症予防
・ピモベンダン:強心作用、動静脈拡張作用(強心血管拡張薬)、心筋弛緩作用、心筋への血流をよくする作用

どのお薬を使用するかは、進行の程度や出ている症状によって変わります。
定期的に検査(レントゲンや心エコー検査)を受け、病期に合った処方をしてもらうことで、進行をできるだけ抑制しましょう。


無症状の場合
左心室に肥厚があっても、左心房の拡大がなく、全く無症状の場合には無治療で数か月間隔で定期的に経過観察を行います。
初期から投薬を始める場合もありますが、その有効性はまだ議論の余地があり、投薬のストレスをかけることのデメリットが大きい場合もあります。

左心房の拡大がある場合
左心房が大きく拡大し、血液がうっ滞している場合には、血栓ができてしまう可能性があるため、抗血栓療法を始めます。
後述しますが、血栓塞栓症を起こしてしまうと死の危険もあるため、非常に重要な治療です。

うっ血性心不全症状がある場合には酸素室での管理や利尿剤が必要です。

うっ血が強く、肺水腫や胸水貯留を起こして呼吸困難がある場合には、入院して酸素室で少し状態を改善させてから治療を始めます。
胸水が貯留している場合は胸腔に針を刺して胸水を抜く治療を行い、肺水腫に対しては利尿剤で肺のむくみをとる治療を行います。

治療後、酸素室から出ても呼吸が安定している状態になれば、退院して自宅での管理になりますが、一度肺水腫を起こしてしまった猫では、心臓の薬に併せて利尿剤を継続して服用する必要があります。
利尿剤は腎臓に負担をかけることがあるため、定期的に血液検査も受けながら経過観察をしていくことになります。

動脈血栓塞栓症を発症した場合は緊急治療を行います。

血栓が足の血管などに詰まると、劇的な症状が出ます。
猫は痛みから興奮して暴れ、血栓が詰まった足は時間の経過と共に回復は望めなくなり、断脚を余儀なくされたり、場合によっては死亡する可能性もあります。
緊急治療が必要ですが、発症した時点ですでにかなりシビアな状況です。

治療としては、まず鎮痛薬や鎮静薬で猫を落ち着かせ、血栓を物理的に除去する、あるいはお薬で血栓を溶かす治療を行います。
血栓を物理的に除去する治療には麻酔が必要なので、肥大型心筋症で循環状態が悪いことを考えると、非常にリスクが高い処置となります。
多くの場合は点滴で血栓を溶かすお薬を入れ、血流が再開することを期待しますが、血栓が詰まってから時間が経ちすぎていると、その間に足の組織の壊死が始まり、壊れた細胞から出た様々な物質が全身に流れていくことで状態が悪化する(再灌流障害)ことがあり、こちらも注意が必要です。

血栓塞栓症は急激に発症し、そのまま致死的な経過をたどることも多いため、起こらないように予防することが重要です。

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