猫の「歩けない」症状とは
立てない、まっすぐ歩けないなどといった症状が見られます。
猫や動物が正常に歩くためには、体を支える骨格と歩くために必要な筋肉の力、滑らかな関節の動き、それらの運動器を正常に機能させるための脳・神経の働きが必要です。
これらのうちどこかに不調が生じたり、著しい体力の低下などが生じると、まっすぐ歩くことができない、または立つことができない状態になります。
歩くことができなくなる原因は病気によっておこるもの、怪我によっておこるもの、加齢に伴って起こるものなどがあり、症状の出方がそれぞれで多少異なります。
特徴的な症状としては以下のようなものが挙げられます。
・立ち上がることができない
・四肢または下半身が麻痺している
・まっすぐ歩けず転んでしまう
・少し歩くと脱力して座り込む
・前に進むことができず同じ場所でくるくる回る
・急に足が麻痺して痛がり暴れる
・横たわったまま体を起こせない
急性に発症した場合には迅速な治療が必要となることもありますが、治療のためには原因をはっきりさせなければなりません。
診断するためには発症時の状況や同時に見られる他の症状などの情報が役立ちます。
高所から落下した、他の猫とケンカした、異物を摂取したなどということがあるかどうか、また普段の食欲、呼吸の状態、飲水量の変化、吐き気の有無、排泄の状況などに変化がある場合はそれらを伝えるようにしましょう。
猫の「歩けない」症状の考えられる病気(原因)とは
病気やケガの影響によって歩けなくなることがあります。
脳・神経、筋肉の病気や内科疾患の悪化、あるいは外傷によって神経や運動器の働きに異常が生じ、歩くことができなくなることがあります。
・脳の異常(脳腫瘍、脳の奇形、脳炎、水頭症)
・神経の異常(脊髄損傷、椎間板ヘルニア)
・前庭疾患(末梢性、中枢性)
・骨、関節の異常(骨折、脱臼、骨瘤、リウマチ、変形性関節症など)
・筋肉の異常(重症筋無力症)
・感染性疾患の末期(猫エイズ、猫白血病、猫伝染性腹膜炎など)
・心臓疾患(肥大型心筋症、動脈血栓塞栓症)
・代謝性疾患(低血糖、低カルシウム血症)
・重度の貧血(ヘモバルトネラ感染症、免疫介在性貧血、消化管出血、慢性腎臓病など)
・重度の脱水(熱中症など)
・尿毒症や高アンモニア血症
上記のように様々な疾患が原因で歩行が困難になることがあります。
治療のためにはこれらの病気を鑑別しなくてはなりませんが、いくつかの疾患では症状や発症状況に特徴があり、それが診断の一助となります。
・心臓疾患
猫の心臓病で最も多くみられる肥大型心筋症では、全身に血液をうまく送り出せなくなるために、運動時や興奮時に呼吸が苦しくなる(運動不耐性)、開口呼吸する、舌の色が青っぽい(チアノーゼ)などといった症状がみられ、さらに進行すると肺水腫による呼吸不全で立つこともできなくなることがあります。
また最も警戒しなくてはならないのが、心筋症に伴う動脈血栓塞栓症です。
心筋症などに伴って心臓の中でうっ滞した血液中に血栓が形成されることがあり、それが心臓を離れて全身の血流に乗ってしまうと、下腹部にある動脈の分岐部で詰まってしまうことがあります。
これを動脈血栓塞栓症といいます。
発症すると急性に片方あるいは両側の下肢が麻痺して立てなくなり、血流が途絶えるために麻痺した脚は冷たく冷感を感じるようになり、猫自身は激しい痛みによって暴れて苦しむ様子が見られます。
時間の経過とともに麻痺した脚はむくみ、長時間経過すると壊死してしまいます。
救命のためには緊急治療が必要ですが、治療を行っても命を落としてしまうこともあります。
・重症筋無力症
重症筋無力症は筋肉と神経の間で神経伝達を行っているアセチルコリンという物質がうまく作用しなくなり、運動時に脱力がみられる病気です。
局所型と全身型があり、歩けなくなるタイプはおもに全身型のタイプです。
猫ではあまり多くは見られない病気ですが、症状に特徴があります。
歩き始めたと思ったら急に力が入らなくなり、脱力してその場にへたりこみます。
しばらくすると回復してまた動こうとしますが、同様の症状を繰り返してしまいます。
・前庭疾患
前庭とは耳の奥にある平衡感覚を司る器官で、体の傾きや頭の位置を正常に保つために働いています。
この前庭に何らかの異常が生じると、首のねじれ(斜頚)、眼振などといった異常が現れ、体のバランスがとれなくなり、立ったり歩こうとすると転んでしまったり、その場でくるくる回る旋回がみられるようになります。
また眼振によって車酔いのような状態になり、嘔吐や食欲不振もよく認められます。
中耳や内耳の炎症などによっておこる末梢性と、耳のさらに奥の神経や脳に問題が起こる中枢性のものがあります。
・脳の異常
脳炎や脳腫瘍、水頭症などによって脳圧が上昇したり正常な脳組織が圧迫されたりすると、痙攣などの神経症状、歩行困難、意識の混濁、性格の変化などがみられることがあります。
かろうじて歩ける場合にもふらつきや壁に沿って歩くなどといった様子が見られます。
・脊髄疾患
脳から四肢に指令を伝える脊髄の異常が起こった場合にも歩けなくなります。
交通事故や高所からの落下によって脊髄を損傷した場合や、椎間板ヘルニアを発症した場合、あるいは脊髄に腫瘍ができている場合もあります。
症状の出る範囲は脊髄のどこに問題が生じるかによって異なり、多くは腰のあたりの脊髄に圧迫や損傷が起こるため後ろ足の麻痺が起こりますが、病変部が頭側に近づくにつれ前肢の麻痺も同時に見られるようになり、さらに上部の損傷では呼吸の麻痺によって命を落としてしまうこともあります。
下半身だけの麻痺の場合は前肢で這うようにして移動することはできますが、自力排泄が困難になるケースが多くなります。
前肢まで麻痺してしまう(四肢麻痺)と、起立、歩行、寝返りなどが困難になります。
他にも、腫瘍性疾患や内臓疾患、感染症などによって著しく体力が低下すると、体を起こすことや立つこと自体が難しくなり自力歩行ができなくなってしまいます。
加齢に伴って歩行が困難になることもあります。
高齢になると筋肉の低下に加え関節炎なども起こることが多く、徐々にジャンプしなくなったり走り回って遊ぶことをしなくなり、中には歩けなくなってしまう高齢猫もいます。
近年は20歳前後まで生きる長寿の猫も増えましたが、高齢期に起こりやすい疾患(慢性腎臓病や甲状腺機能亢進症、腫瘍性疾患)などに罹患していることが多く、それらによる体力の消耗が激しい場合には寝たきりになってしまうこともあります。
中毒性物質の摂取が原因の場合があります。
タマネギなどの食品やユリ科の植物、ヒト用のサプリメントや内服薬、化学物質など猫が口にすると中毒症状を起こす物質はたくさんあります。
摂取量や中毒物質の種類によって症状の出方や重篤度は異なりますが、例えばヒト用のサプリや薬などでは1粒でも猫にとっては致死的となってしまうものもあります。
多くの場合は急性の腎障害や肝障害、消化器症状、神経症状などを起こし、重度の臓器障害や神経症状を起こした場合には歩くこともままならない状態になってしまいます。
猫の「歩けない」症状の好発品種について
以下の猫種で好発がみられます。
- アメリカンショートヘア
- スコティッシュフォールド
- ノルウェージャンフォレストキャット
- ブリティッシュショートヘア
- ペルシャ
- メインクーン
- ラグドール
感染症や外傷によるものには好発品種はありませんが、心臓疾患の好発品種では心疾患の進行による循環不全や動脈血栓塞栓症のリスクが他の猫よりも高いといえます。
猫の「歩けない」症状の予防方法について
定期的に健康診断を受けましょう。
歩けなくなる病気は多岐にわたりますが、健康診断を受けることで早期発見できれば進行を予防できるものもあります。
特に心臓疾患の好発品種とされている猫種では、若い内からでも心臓の超音波検査を含めた健康診断を受けるようにし、発症した場合でも早期から治療することで進行を抑制するようにすることが健康寿命を延ばすことにつながります。
そのほかの疾患も健康診断で早期発見できれば、根治が可能であったり、より効果的に進行を抑制できます。
室内飼育を推奨します。
様々な感染症は、感染猫との濃厚接触やケンカなどによって感染が成立します。
また、交通事故などによる外傷も屋外での発生が非常に多くなっています。
それらのリスクを回避するためには室内飼育を徹底することが勧められます。
猫の「歩けない」症状の治療方法について
緊急治療が必要なものもあります。
動脈血栓塞栓症や熱中症の場合、救命のためには緊急治療が必要です。
動脈血栓塞栓症では急性に発症する後肢の麻痺と激しい痛み、熱中症では高体温が特徴的ですので、どちらの場合も直ちに病院へ連れて行きましょう。
動脈血栓塞栓症では点滴による血栓溶解治療や抗凝固療法などを行います。
後肢の血流がうまく再開してくれれば救命できる可能性がありますが、中にはそのまま命を落としたり、血流が再開しても処置が遅れると壊死した後肢の細胞から漏れ出た成分によって再灌流障害を起こし、それが致命的となってしまうこともあります。
治療がうまくいった場合には根本の原因である心臓のケアも併せて行っていきます。
熱中症の場合は速やかに体を冷やし、高体温や重度の脱水による循環障害によっておこった臓器障害や体液の補正を静脈点滴で集中的に行います。
状態が安定するまでは数日間入院管理による集中治療が必要です。
原因疾患に対する治療を行います。
その他の疾患によっておこるものは、まずは原因を突き止めるための全身的な検査が必要です。
外傷によっておこったものの場合は必要に応じて外科手術などを行い、内科疾患に対しては主に投薬治療や必要に応じて点滴治療を行います。
腫瘍性疾患の場合は手術が適応になるかどうか、その発生部位や腫瘍の種類、進行の程度によって慎重な検討が必要です。
脳や脊髄の検査のためにはCTやMRIなどの特殊な診断設備が必要になることもあり、その場合には大学病院や高度医療センターなどを紹介受診しなくてはならない場合があります。
いずれの場合もかかりつけの先生とよく相談したうえで治療の方向性を検討する必要があります。
寝たきりになった場合には必要なケアを考えましょう。
加齢に伴って歩けなくなった場合や、消耗性の疾患の末期を迎えた場合には、愛猫のためにしてあげられるケアを考えましょう。
寝たきりになると褥瘡(床ずれ)ができやすいため、低反発マットを敷いてあげたりこまめに体の向きを変えて寝返りさせてあげましょう。
食事は病気に対応したものや高栄養のものが理想的ですが、食欲が低下している場合は食べてくれるものを優先し、嗜好性の高い市販食などをいろいろ試してみましょう。
また排泄もままならないことが多くなるため、オムツを着けたり、オムツを嫌がる場合にはトイレの介助をする、ペットシーツを広めに敷きその場で排泄してもいいようにするなど、猫の状況に応じて対応してあげましょう。
便秘にもなりやすいため水分を十分摂取させる、便の滑りを良くする潤滑剤などを飲ませてあげる、お腹をマッサージして便を出しやすくするなどといった対策も必要になることがあります。
体温調節も難しくなることが多いため、冬は適度に保温し、夏は熱中症にならないように室温管理をしてあげましょう。