動物福祉から考える飼い主の責任
動物福祉という考え方
京都大学高等研究院特別教授である松沢哲郎氏が「どうぶつと動物園」に「「動物福祉(アニマル・ウェルフェア)」ということばをさかんに聞くようになった。」という書き出しで動物福祉と環境エンリッチメントの解説記事を書かれたのは、1999年でした。その後、日本臨床獣医学フォーラムが主催する年次大会における一般市民向けのセミナーでも、人と動物の絆(ヒューマン・アニマル・ボンド)や動物福祉の話題が繰り返し取り上げられていますので、犬や猫と一緒に暮らしている動物好きの方であれば、動物福祉という言葉を見たり聞いたりしたことがあるという方も多いのではないでしょうか。
動物福祉について解説している書籍やWEBサイトでの情報も多々出ていますので、詳細の説明は割愛しますが、簡単にまとめると、「ヒトはヒト以外の動物の生命を自らの暮らしのために利用することはやむを得ない(認める)が、その生命をむやみに奪ってはならない。さらに、ヒト以外の動物の生命を尊重するだけではなく、生きている暮らしそのものを尊重すべきである」というのが動物福祉の理念であると言えるでしょう。
動物の権利(アニマル・ライト)という考え方もありますが、これは、ヒト以外の動物にもヒトと同様の生存権を認めようという考え方であり、ヒトによるヒト以外の動物の生命利用を認めていません。しかし、ヒトも食物連鎖のチェーンに組み込まれている以上、ヒト以外の動物の生命を利用せずには生きていくことができません。つまり、ヒトと動物の関わり方を考えた場合、動物福祉という考え方が、最も現実的なものであると言えるのではないでしょうか。
ヒトと動物の関係にはさまざまな形があります。その関係により、野生動物、展示動物、家畜、実験動物、伴侶動物などに分類されます。今回は、この中から伴侶動物を対象として、動物福祉の考え方を基に、飼い主にどのような責任があるのかを考えていきたいと思います。
国際的な共通認識となっている「5つの自由」
動物福祉として現在国際的な共通認識となっているのが、「5つの自由」です。これは、1964年にイギリスで家畜の虐待が問題視されたことがきっかけで、1992年にイギリス政府に畜産動物ウェルフェア専門委員会が提案したものです。しかし、内容的には「肉体の維持」だけではなく「心理的な満足」も含んでいる考え方であり、現在の獣医臨床分野におけるQOL(Quality of life)の考え方にも通じるものです。
今回は、この5つの自由の各項目ごとに、飼い主としての責任を考えていきたいと思います。
飢えと渇きからの自由
まずは、飢えと渇きからの自由です。これは、飼い主は伴侶動物に対して給餌・給水を確保しなければならないということです。
当然、満腹になり、喉の渇きを感じなければ良いという訳ではありません。その伴侶動物の種や年齢に見合った栄養バランスに基づく食餌と、新鮮な水を供給しなければなりません。たとえば、今まで犬と一緒に暮らしてきた方が、何かの縁で猫も一緒に暮らすことになった場合、猫が喜んで食べるからといって、猫にもドッグフードだけを与えてしまってはいけないのです。犬には犬の、猫には猫の体の構造に見合った栄養が必要なのです。
もしも、伴侶動物に飼い主の手作り食を食べさせたいと考えている場合も、それぞれの種に必要な栄養についてをしっかりと学んだ上で、用意してあげなければなりません。
不快からの自由
次は、不快からの自由です。これは、飼い主は伴侶動物に対して適切な飼育環境を供給しなければならないということです。
清潔で適切な温度、湿度を維持できるよう、環境管理を行いましょう。また、その種に必要な運動量を確保できる広さや高さ、そして安全に暮らせる環境を確保することも大切です。
痛みや怪我、病気からの自由
次は、痛みや怪我、病気からの自由です。これは、飼い主は伴侶動物に対して病気や怪我の予防・診断・治療を適用しなければならないということです。
獣医療の発達に伴い、できるだけ最新の医療を受けさせることが理想です。最新の医療というのは、高額医療を指している訳ではありません。たとえば、以前はワクチン接種は1年に1度が常識でしたが、最近では3年に1度が主流になっています。これは、ワクチンを打ちすぎることによる弊害もわかってきたからなのです。
一緒に暮らす伴侶動物の命を預ける獣医師は、飼い主さんが信頼できる方を選びましょう。また、健康保険がないため、獣医療は人の医療と比べるとかなり高額な負担になってしまいます。伴侶動物が若い頃からペット保険に入っておく等の対策も考えておくべきでしょう。
恐れや不安からの自由
ここからは、心理的な満足に関する内容になります。まずは、恐れや不安からの自由です。これは、飼い主は伴侶動物に対して適切な取り扱いをすることで、必要以上の恐れや不安を抱かせてはならないということです。
以前は、犬に対するしつけは「叱る」ことが当たり前でした。しかしこの方法では、怖い指導者がいる場合は有効でも、いなくなるとまったく効果がないことがわかっています。恐怖をベースにしつけても、犬をただ怖がらせるだけで、飼い主との絆を深めることはできないのです。それは、猫に対しても同じです。
飼い主さんが伴侶動物の習性や性格をきちんと理解し適切に取り扱うことで、無用な恐怖心や不安を抱かせないようにしましょう。しつけをしたい場合にも、して欲しくないことをした時に叱るのではなく、望ましいことをした直後に褒めることで正の強化をしていく方法で行いましょう。
正常な行動を示す自由
最後が、正常な行動を示す自由です。これは、飼い主が伴侶動物に対して適切な空間、刺激、仲間の存在などを通して本来その伴侶動物が持っている正常な行動を示すことができるようにしなければならないということです。
まず、飼い主さんは伴侶動物がごく普通に本来の行動ができるような配慮をする必要があります。それは、適切な住環境の整備(広さ、高さ、専用の場所等)や、適切な刺激を与えて退屈させないとか、必要に応じて仲間を作ってあげる等です。そのためには、伴侶動物の本来の習性についてを知ることが必要です。1日における生活サイクルや何にどのくらいの時間を費やすのかなどについて、まずはきちんと理解をし、環境を整えてあげましょう。
伴侶動物が持っている正常な行動の中には、人にとってはとても迷惑な行動に属するものもあります。たとえば、発情中の雄猫が部屋中におしっこを撒き散らすのも、猫にとっては正常な行動の一つですし、弱い飼い主を守るために犬が大きな声で他人を威嚇し、吠え続けることも、その犬にとってはごく普通の行動なのです。
このような場合は、「こんなことをされては困るのでやめさせよう」ではなく、なぜそのような行動を起こすのかという理由をきちんと理解してあげましょう。そして、飼い主さん自身も含め、環境を改善することでその行動が自然に出なくなるようにする、またはその行動を起こされても人にとっての被害が最小限になるような環境の整備・工夫を考えましょう。
動物はモノではない
法律だけを見ると、日本は動物をモノとしか考えていないように思えるかもしれません。しかし、古来から日本人は自然と共に暮らし、伴侶動物だけではなく、野生動物も含めて「命あるもの」として接してきました。しかし、人も食物連鎖の一端に属している限り、動物の生命を利用しなければ生きてはいけません。それを前提に、私たちは他の動物に対して、動物福祉の考え方に則った付き合いをしていくべきなのではないでしょうか。
中でも伴侶動物は、我々が、我々の存在なしには生きていけないようにしてしまった動物とも言えます。であればなおさらのこと、一人一人の飼い主が動物福祉を意識して、肉体の維持のみにとどまらず、心理的な満足までを含めた生活を保証できるような配慮が必要でしょう。
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