犬の常同行動について
常同行動とは
最近は、動物園も環境エンリッチメントといって、飼育されている動物たちがその動物本来の正常な行動を引き出し異常な行動を減らすことで、動物の福祉と健康改善を図ろうと、飼育環境改善に力を入れています。それでも、飼育環境の中の一箇所を行ったり来たりしているようなクマやトラを見かけることはなくならず、その難しさを感じています。
こういった極端な繰り返し行動や幻覚的な行動は、動物に限ったものではありません。人の場合は、出がけに何度もガスの元栓や玄関の鍵を確認したり、ずっと手を洗い続けたり、皮膚を掻きむしり続けたり、部屋の中に物を溜め込み続けたりといった行動が該当します。そしてこれらは、強迫神経症という精神疾患の一種なのです。
精神疾患というと人に限った病気だと思われがちかもしれませんが、脳が高度に発達し知能が高い動物にも起こり得る病気です。ただし、動物に強迫的な観念があるかどうかは分かりませんので、病態を客観的に表す常同障害とか常同行動と呼ばれています。そして、常同行動は飼い犬にもよく起こる精神疾患の一つです。
今回は、どういう行動が常同行動なのか、このような行動が現れる原因は何なのか、もしも愛犬に常同行動が現れた場合は、どのように対処すれば良いのかなどについて、説明します。
犬の常同行動の症状
常同行動とは前述の通り、極端な繰り返し行動や幻覚的な行動のことを言います。犬の場合、常同行動としてよく現れる行動(症状)には、下記のようなものがあり、かつ犬種によって出やすい行動に差があるという報告があります。
・自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回り続ける(柴犬、ブルテリア、ジャーマン・シェパードに多い)
・自分の足先を舐め続ける(ラブラドール・レトリーバーなどの大型犬に多い)
・自分の脇腹を吸い続ける(ドーベルマン・ピンシャーに多い)
・散歩中に後ろを何度も振り返ってチェックする(ミニチュア・シュナウザーに多い)
・影を凝視したり追い続ける(ボーダー・コリーに多い) 等
足先や脇腹を舐め続けた結果、舐性皮膚炎(肉芽腫)になったり、尻尾を追いかけ回す行動がエスカレートして尻尾を噛みちぎってしまったりする場合もあるので注意が必要です。
いずれの場合も、上記のような行動が数十分以上続いている場合や、飼い主さんが制止してもやめずに続けているような場合は、常同行動を疑っても良いでしょう。
犬の常同行動の原因
犬は人と一緒に暮らすようなって長い歴史を持っている動物ではありますが、本来ならば生きるために必要な「食物の獲得」に時間を費やす必要がありません。動物園の動物達が常同行動をよく見せるのも、基本的には同じことが原因だと考えられています。つまり、食物の獲得のための行動が必要なくなったものの、その空き時間を埋めるためにすることがないために「退屈な状態が続いている状況となった」ということが常同行動の原因なのです。
飼い犬の場合は、自分で獲物を捕まえる必要がなくても、飼い主さんとのコミュニケーションが十分に取れていれば、常同行動を現すほどの退屈さを感じることはないでしょう。しかし、飼い主さんもかまってくれず、退屈な状態が長く続いた場合、それが愛犬の常同行動となって現れるのです。
他にも、強いストレスを感じている状態や葛藤状態、不安な状態が長く続いた場合も、それが原因となって常同行動が現れることがあります。
これらの精神的に不安定な状態が長く続く状況以外にも、神経伝達物質のセロトニンやドーパミンが多すぎたり少なすぎたりした場合や内臓の病気などで代謝異常となった場合にも常同行動が現れることがあります。さらに、たまたまその行動をした時に、嬉しいこと、楽しいことが続けて起こり、「この行動をすると良いことがある!」と学習してしまった場合にも、その行動が強化されて繰り返すようになることがあります。
このように、常同行動を起こさせる原因にも複数ありますので、愛犬が常同行動を疑わせるような行動を見せた場合は、原因を安易に決めつけてしまわずに、専門家に相談することが解決への糸口になります。
なお、犬や猫の場合、人の関心を引くために同じような行動をすることもあります。常同行動と思われる行動が見られた場合、すぐに常同行動だと安易に決め付けるのも良くないでしょう。
愛犬に常同行動が見られた場合の対処法
まず、愛犬に常同行動を疑わせるような行動がみられた場合、人の関心を引くためにやっているのかどうかを見極めるにはどうすれば良いでしょうか。人の関心を引くための行動であれば、そばに関心を引きたい人がいる時にだけその行動を見せるはずです。飼い主さんが留守にしていて犬だけしかいない時の行動を録画しておく等の方法で観察し、犬だけの時にも問題となる行動が現れ、継続するかどうかを確認すると良いでしょう。
また、実際に愛犬が常同行動を見せている場合、その行動をやめさせ、愛犬に落ち着いた生活をしてもらうためには、専門家の協力を得て適切な方法により、愛犬と飼い主さんとの絆を深く強固なものに築き直す必要があります。投薬治療と並行する必要がある場合もあります。そのため、飼い主さんの自己判断で解決しようとせず、動物病院で診断してもらい、獣医師の指導の下で治療をしながら良い関係の再構築を行うようにしましょう。
その際、愛犬が常同行動の前後にどのような状況であったかを観察し、簡単にメモを作っていくと良いでしょう。一般の動物病院には問題行動の専門医がいない場合が多いです。事前に行動診療科があるかどうかを確認してから受診することをおすすめします。また、かかりつけの動物病院に相談し、行動診療科のある病院を紹介してもらうのも良いでしょう。
なお、愛犬の常同行動がなかなか改善されなくても、飼い主さんがイライラしてしまって愛犬を叱りつけたり強制的に動きを止めさせたりすることは避けましょう。愛犬にとっては、さらなるストレスになってしまいます。専門家の指導の下、根気よく治療を続けていくことが大切です。
飼い主さんの思いやりが愛犬にとってはストレスになる場合も
飼い主さんがどんなに愛犬のために良かれと思ってやっていることや用意した環境も、愛犬にとってはストレスの原因になってしまうことがあります。愛犬はそれを言葉で飼い主さんに伝えることができません。飼い主さんは、愛犬の様子をよく観察し、コミュニケーションをとることで、愛犬の立場に立って汲み取ってあげることしかできません。
また、飼い主さんの中でルールがしっかり定まっておらず、その都度ルールが変わってしまったり、愛犬に接する時の態度が日によってまちまちだったりすると、愛犬は不安に感じてしまいます。飼い主さんがいつも許してくれていたいたずらを、ある日突然怒ったりした場合も同じです。愛犬が飼い主さんをリーダーだと認識し、安心して過ごせるように、常に落ち着いて堂々とした態度で愛犬に接することも、愛犬の精神の健康を維持するためには大切なことです。
愛犬と一緒に暮らし始めたばかりの飼い主さんは、愛犬と一緒にしつけ教室やドッグトレーナーなどの専門家から基礎的なしつけのトレーニングを受けることが、愛犬の精神面での健康管理に大切なことだと考えましょう。愛犬の健康管理は、身体面だけでなく精神面も大切なのです。
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