社会性に乏しい猫 その気持ちと考え方を理解することの重要性
猫も感じたり考えたりすることのできる動物である
猫と一緒に暮らしていると、猫も私たち人と同じようにさまざまなことを感じ、いろいろなことを考えているようにみえます。しかし、動物を専門に研究している科学者たちは、長い間、猫が感情や思考を持っているということに対して懐疑的でした。そのため、「思考」とか「感情」という言葉を使わずに、「認識」という言葉を使っていました。
ところが、脳画像化といったような科学技術の進歩のおかげで、猫も人と同じような感情を生み出すのに必要な精神的機構を持っているということが分かってきました。猫は、受け取った情報や記憶に加えて、その情報に対する自分の感情的な反応に基づいて決定を下すことのできる動物なのです。しかし、猫の思考プロセスと感情の関係は、人のそれと同じではありません。猫を擬人化して考えてしまうと、誤った判断をしてしまうことになります。
今回は、猫の「気持ち(感情)」と「考え方」の関係について、説明していきます。
猫の記憶
猫の記憶にも、人と同様に短期記憶と長期記憶があり、これらとその時の感情が、どういう行動をとるべきであるかという決定を下すために使われます。しかし、猫も人と同様に、記憶のためのスペースはごく限られています。そのため、現在起きていることが数秒間作業記憶に保存され、その後ほとんどの記憶が捨てられます。そして、特に感情に変化を起こすきっかけとなった小さな記憶が長期記憶として保存され、後から思い出すことのできる記憶となります。つまり、記憶として残される情報は、猫の感覚器官によって拾われた全ての情報ではなく、フィルターにかけられた、ごく一部の情報だけなのです。
猫の感情
本来、猫は優れたハンターであるといわれており、狩をすることで自らの餌を獲得する生活をしていました。しかし、カエルのように、虫のようなものには無条件で飛びかかっていくというようなことは、猫にはありません。猫は、遺伝子の中にどういうタイプが自分たちの獲物になるのかということを明確に刻まれているわけではなく、子猫時代に学習したことにより判断しているのだろうといわれています。したがって、大きなクマネズミに反撃された経験を持つ猫は、クマネズミに対して「逃げる」という行動をし、くまネズミを捕まえて食べたことのある猫は、クマネズミを見ると興奮に似たものを感じ、狩を行うのだというのです。
もちろん、記憶は視覚によるものだけではなく、人より数倍も優れている嗅覚や聴覚などと共に残されているでしょう。これらの記憶と今現在観察しているものとを照らし合わせて、猫は「次に何をするべきか」を決定するのです。今現在、命が脅かされているのであれば、考えている余裕はありません。たとえば、猫が今までに経験したことのない大きな音を突然聞いた場合、猫はその場にかがみこみ、焦点を合わせられる最も身近なものに焦点を合わせ、そこに集中するために瞳孔を広げます。危険が身に迫っているのかどうかを確認し、必要に応じてすぐに逃げ出せるように準備をするためです。
しかし、同じような大きな音が繰り返され、特に何も起こらないということが続いた場合、猫の反応は徐々に弱まっていき、場合によっては何の反応も示さなくなってしまうこともあります。つまり、経験が猫の行動を変化させたのです。
猫と一緒に暮らしている方の多くが経験しているでしょうが、猫はすぐにおもちゃに飽きてしまいます。大人の猫は、おもちゃをまるで獲物のように扱います。大人の猫にとって、おもちゃでの遊びは、擬似的な狩なのです。狩であるならば、獲物であるおもちゃに飽きてしまっては狩が成り立ちません。なぜ、猫はすぐにおもちゃに飽きてしまうのでしょうか。
ここで、英国の動物学者で、長年にわたって飼い猫と飼い犬の行動や心理、人との関係などを研究してきたジョン・ブラッドショー氏の研究をご紹介しましょう。クマネズミの大きさの偽の毛で覆われたおもちゃ(a)とハツカネズミの大きさのおもちゃ(b)を猫に与えたところ、猫はそれぞれのおもちゃで遊びかたが変わりました。そして、空腹の時には、より熱心に狩を行ない、より大きなネズミのおもちゃと遊びました。やはり、大人の猫は、おもちゃと遊ぶことを狩であると認識しているのです。
猫の遊びという行動は、狩への欲求に加えて4つの作用によってコントロールされていることが分かりました。1つ目の作用は空腹、2つ目の作用は外見です。猫が本能的に獲物だと認識するにおい、音、毛、羽根、脚などです。3つ目の作用はおもちゃ(獲物)の大きさです。小さいおもちゃよりも大きいおもちゃの方をより注意深く扱います。そして、4つ目の作用がおもちゃへの影響です。猫が噛んだり爪を立てたりすることがおもちゃに影響を与えていないとわかると、自分の相手は食べ物ではないか、食べ物であったとしても降伏させるのが難しい相手だということになり、欲求不満の源になるというのです。そのため、遊んでいたおもちゃが壊れてしまい、飼い主さんが新しいおもちゃを与えると、猫はまた遊ぼうという気になるというのです。
筆者も、飼い猫に一人遊び用のおもちゃをいくつか与えましたが、すぐに飽きられてしまいました。結局、ボール遊びや猫じゃらしのように、飼い主が猫の様子に合わせて色々変化させるタイプのおもちゃで一緒に遊ぶことが、最善の遊びだということになるようです。
もう一つ、猫と一緒に暮らす場合に知っておくべきことがあります。それは、猫は犬とは違うということです。犬は人の関心を「ご褒美」だと考えますが、猫にとってのご褒美は餌だけです。人がいくら猫を褒めたり撫でたりしても、それを猫が自分に対してのご褒美だとは感じてくれません。そのため、猫をしつける場合に利用するご褒美は「餌」です。
ただし、ある音を聞かせた後、1〜2秒以内に餌を1粒与えるということを何度か繰り返すと、猫はその音を聞くと餌がもらえるということを学習します。それを利用することで、猫も犬のようにクリッカーを使って訓練をすることが可能です。その場合も、クリッカーだけを使っていると、クリッカーの音と餌との結びつきが弱まってしまいますので、適度に餌を与えるご褒美を間に挟む必要があります。
猫の思考
人や犬は群れの中で仲間と相互に関係を作りながら生活しています。そのため、相手に自分の感情を示す必要があります。またある時は、逆に感情を抑制しなければならないこともあります。しかし、猫は基本的には単独で孤独な生活スタイルをとっていますので、子猫が母猫に甘えたり雄猫がライバルに対して虚勢を張ることはありますが、基本的には相手に自分の感情を表現するということがありません。猫は縄張り意識が強いため、社交性がないのです。特に雄にはその傾向が強く見られます。
社交性に乏しいため、猫同士、他の動物同士、飼い主家族との関係などについて問題が生じた場合、その解決策を猫に求めるのは酷なことです。そこは、人が介入して解決すべきです。相手との関係性に基づいた感情には乏しいため、「罪悪感」「羞恥心」「憎しみ」のような感情はあまりみられず、「嫉妬」などの目の前の出来事に対する感情も薄いようです。つまり、猫が何か問題を起こした場合、そこには悪意は存在しないと考えてよいでしょう。
飼い主さんは、まず猫が安心して暮らせる縄張りを確保してあげることが重要になります。単頭飼いはもちろん、多頭飼いの場合も、すべての猫がそれぞれの縄張りを持ち、安心して暮らせるスペースが必要です。安心して生活できる縄張りを持つことで、猫はストレスなくゆったりと暮らすことができます。
思考の元となるのは「感情」と「記憶(経験)」であり、その結果が行動となって現れます。そのことが理解できれば、猫の思考(なぜこのようなことをしたのか、するのか)についても理解しやすくなるでしょう。
猫の社会性
猫は、擬人化できるほどの複雑な感情は持っていないようですが、基本的な感情や直感を持っており、それによって素早く判断することのできる動物だということが分かってきました。しかし、猫は人と一緒に暮らすようになってなお、野生の習性を残し、孤独で厳しい競争の中で生きることを選んで進化してきました。そのため、犬のような社会性を身につけていません。嫉妬とか罪悪感などのような、相手との関係から生まれてくる感情は持っていない、もしくは薄いようです。そして、猫の感情と思考は、もっぱら食べ物の入手と縄張りを守ることに向けられているのです。
それを理解した上で愛猫と向き合うことにより、愛猫の生活環境を居心地よく整えることができ、また問題行動があった場合でもその解決策を見つけることができるのです。
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